【大塚家具】戦略を読み違えた大きなポイント 久美子社長のエリート意識、父・勝久氏の完全排除

メディアなどの物言いを見てみると、ひとつは低価格家具販売という領域は当時すでにマーケットシェアが固まりつつあり、
後発で新規参入するにはそれなりのインパクトが求められていた。

しかし、大塚家具の価格設定はそのインパクトに乏しくやや中途半端な印象に終わってしまったのだと。
もう一つは、世間を賑わせた「親子喧嘩」の印象があまりに悪く、会社自体のイメージダウンから客足が遠のく原因となったのだと。
これらが同社の業績低迷の原因としてあげられています。

■久美子社長を「暴走」させたエリート意識
※総踊りスレ

それらに加えて、私は久美子社長が戦略を読み違えた大きなポイントとして、勝久氏の完全排除という問題があったように思っています。
勝久氏は創業者であり、定時制高校を卒業後、実家の桐箪笥製造業から独立して家具販売業を立ち上げ、
ジャスダック上場の企業にまで成長させた立志伝中の人物です。

会員制を導入し、来店客に接待係が付いて回ることでコンサルティング的な総合アドバイスを通じて家具のまとめ買いを促す、
というそれまで他社に類を見ない戦略で業績を拡大し続けてきたのです。
もちろん、勝久氏のやり方は時代の流れとともに見直しが必要な時期に来ていたのは、明らかな事実であったでしょう。

しかし、勝久氏は言ってみれば生きた「社史」そのものです。そこに敬意を払うことなく切り捨ててしまった久美子社長は、
事業承継型企業経営者が押さえるべき、最も重要な要素のひとつを自ら手放してしまったことになるのです。

では、なぜそんなに重要なものをいとも簡単に手放してしまったのか――。
広く2代目、3代目経営者のみなさまに参考になるポイントでもあるので、この点にも言及しておきます。

久美子社長にみる創業者排除の大きな原因として、2代目、3代目にありがちな「独自路線」への創造欲を見ることができます。
すなわち、事業を立ち上げそれを大きく成長させてきた創業者に対する対抗意識が、独自路線創造欲としてそれを引き継ぐ者には現れがちなのです。

さらに悪いことに久美子社長は一橋大学卒業後、富士銀行勤務を経て当社に入るという、社会的超エリートであったことが拍車をかけたと言えます。
エリート後継者が叩き上げ創業者への対抗意識から、理論的に整理された机上論をかざして過去を否定し新路線を突っ走る、
そんな後継戦略が一敗地にまみれる姿を、私は現実に多数目にしています。

■父・勝久氏

親子はたとえ関係を断絶しようとも、いいにつけ悪いにつけ、決して断ち切れない血のつながりが残ります。
他人同士の間では無意識に働く相手に対する遠慮や、お互いの侵されざる領域の存在意識などから、
相手を徹底的に打ちのめしたりしない、決定的な断絶を避ける力が働きます。

しかし、親子という特別な血縁関係では、徹底的にやりあっても血の繋がりは決して消えることがないという無意識の甘えによって、
つい決定打を放ってしまうことがあるのです。
そんな流れで「社史」を軽ろんじるだけでなく、「社史」に目をくれることもなく破り捨ててしまう。

成功した創業者とその後継者、親子間における事業承継の難しさはこんなところに存在しています。

大塚家具の「社史」には、恐らくその歴史を支えてきた多くの支援者や大塚家具ファンのコアな顧客層が存在していることでしょう。
先代と後継、どちらのやり方が全面的に正しく、どちらのやり方が決定的に間違っているということではなく、
経営の難局に相対した場面においては「社史」を読み返しながらヒントを得つつ、新しい考え方ややり方に取り組んでいく、
そんな姿勢が危機打開の糸口を作ってくれるのではないかと思います。

今、久美子社長が「社史」の重要性に気がついて、主体的に歩み寄れるか否かに、大塚家具の運命がかかっているように思います

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